藤野さんはマンション管理士として活動されています。
法律やマンション内の住民コミュニケーションなどに明るく、普段は福岡市内のマンション管理の顧問などをされていますが、現在、熊本地震で被災したマンションの管理にも携われています。
被災マンションの維持管理がどのように進められているのか、その取組状況について伺いました。
マンションの防災組織のあり方などについてもお話いただきましたが、今回はマンション躯体(建物)の話に絞って紹介します。
地震の被害を受けたとき、被災者が何を思うかというと、「このマンション住めるのか」、「赤紙ってどういう意味?」、「お金はどうすればいいの?」ということに尽きる。これに悩んでいるだけで2か月ぐらいがすぐ過ぎてしまう。
熊本地震で被災したマンションの数は明らかではないが、罹災(りさい)証明で全壊と認定されたマンション棟数は18棟となっている。
柱が損壊し、一階が失われたようなマンションであれば、あきらめもつき、解体に向けた協議が進むのだが、問題は直せるレベルの被害の場合である。
鉄筋がむき出しになるぐらいの被害は、新耐震のマンションでも起こりうる。
実際にそういう被害のマンションが熊本でも多いのが現状である。
私が関わっているマンションでも同様の被害を受けて、現在復旧工事の見積もりを取っている段階である。
築20数年の50戸前後で一億数千万の見積もりが出そうである。
ただ、地震後1年半ほど居住しておらず、給水管や排水管を使用していなかったため、ライフラインの復旧費用や耐震診断も必要であり、さらに費用が高額になる可能性がある。
被災マンションの対応は、行政も後手に回っており、地震後の混乱で罹災証明の連絡などの初動がどうしても遅れてしまう。
初動が遅れ、検討期間が長くなれば、工事業者も確保が難しくなり、工事費も高額となってしまう。
住民の生活再建のためにも早期の復旧はかかせないのだが、そのためには被災した場合の対応について、事前に知識を持っておくことが重要になる。
地震を受けた時の建物の評価を行う診断は実は少ない。
「応急危険度判定」、「罹災証明」、「被災度区分判定」、それと「地震保険」の4つである。
応急危険度判定は二次災害の予防のため、地震後すぐに行われる。
赤紙(危険)、黄紙(要注意)、緑紙(調査済)の判定が行われ、これは拒否できない。
罹災証明はお願いしないと来てくれないが、無料で診断してくれる。
全壊、大規模半壊、半壊、一部損壊の4区分である。
罹災証明は行政からの支援をもらうために必要なものである。
被災度区分判定は、建物を復旧できるかどうかを見るものである。これは有償になる。
合意形成がスムーズに行くマンションでは、この判定を経ず、復旧工事に舵を切る事もある。
地震保険はマンション総合保険にオプションで加入する保険だが、地震保険の認定を請求すると保険金算定のために鑑定人が派遣され、そのマンションの損傷具合を診断する。
全損としての場合でも付保割合(保険金の掛け率)を低くしてしまうと、もらえる保険金がかなり少なくなる。そうしたところも注意しておく必要がある。
地震の判定は、この4つしかないので、それぞれの判定の役割をきちんと理解しておく必要がある。
被災建築物の診断の種類と判定内容
被災度区分判定で、「軽微」、「小破」と診断された場合は、すぐに復旧に向けて動き出すのだが、問題は「中破」、「大破」と診断された場合である。
この場合、復旧は可能なのだが、費用がどれくらいかかるかが問題となる。
詳細調査と概算費用の算出が必要になるが、これにもお金がかかる。
法的には必要な調査ではないが、合意形成のために必要なものである。
手順としては、まず被災度区分判定を行うかについての総会が必要であり、議決後、調査を行い、結果の報告会と兼ねて詳細調査を実施するかについての総会が必要となる(調査費が数百万円と高額なため)。
その後は、「復旧」するか「取り壊し」するかをいきなり決めるのではなく、復旧推進決議もしくは取り壊し推進決議(管理組合として、決議に向けて本格的な計画の検討を行う旨の決議)を行う。
区分所有法は敷地売却を想定していないのだが、被災マンション法の適用を受ければ行えるようになった。
熊本の場合は、昨年10月5日に被災マンション法が適用されたので、「取り壊し敷地売却」「建物敷地売却」「建物取壊し」「建替え」の決議が行えるようになる。
被災度区分判定で「倒壊」という判定が出れば、「敷地売却」か「再建」を選ぶことになる(全壊の場合は建替えを再建という)。ここまでは敷地共有者の5分の4の同意が必要となる。
管理組合の理事会は存在しないことになっているため、敷地共有者で新たな団体をつくって行うことになる。
公費で解体を行うためには、申込みのタイムリミッドがあり、全員の同意書が必要となる。
「建替え」と「敷地売却」の場合は、建替えを行う事業者や売却先までを決め、詳細な計画まで決議を取らないといけない。時間的余裕がないため、とりあえず、取り壊しの決議を行い、申込みを行った上で、再度建替えか敷地売却かを決めて総会を行うことが多いようだ。
被災マンション法の適用から3年以内に決める必要があり、期間を過ぎると被災マンション法の適用がなくなり、手続きが非常に困難になってしまう。熊本では、後2年以内に決めてしまわないといけない。
反対者も含めて全員の同意書を集めるのはハードルが高いため、本当に全員分必要かどうかについては、行政との協議を行っている。
このあたりの手続きは法律的にもかなり難しい。
阪神淡路大震災でも裁判になっているのはこのあたりである。法律違反がないように慎重に進めないといけない。
被災マンションの復旧・取壊しの手順
住宅に関する支援もいろいろある。
災害見舞い金は全壊で5万円、大規模半壊・半壊で3万円ほどでる。
このときに罹災証明が基準となる。
日本財団による住宅損壊見舞金が全壊・大規模半壊の世帯に20万円でている。
災害義援金は熊本の場合、全壊で82万円。大規模半壊で41万円だった(平成29年4月現在)。
なお、東日本大震災の場合は全壊で112万円だった(平成29年8月現在)。
また、一部損壊の住宅で、修理費用100万円以上かかったところには10万円の義援金がでる。
マンションの場合、共用部の改修の自己負担額の合計が100万円を超える場合は対象となる。
被災者生活再建支援金は、全壊で100万円、大規模半壊で50万円でている。
新築する場合、全壊だとさらに200万円、補修の場合は100万円がでている(大規模半壊は新築で100万円、補修で50万円)。
被災住宅の応急修理というのがあり、修理費用が57万円でる。
ただし、居住するための費用なので、みなし仮設などに入居するともらえない。
トイレ、玄関ドア、お風呂などの工事で出るのだが、マンションの場合は、共用部の配管修理などが必要な場合もあるため、管理組合が代表して申請することが可能である。
住宅の支援は、居住のための支援であり、経済的な損失の支援ではないため、同じマンションでも賃貸部分はもらえない。
被災住宅の応急修理にしても、管理組合で代表して申請しても賃貸部分の人やマンションを出てみなし仮設に入居した人はもらえないということになる。
あるマンションでは、被災住宅の応急修理の費用の半分は共用部の修理に使い、残り半分は個人のトイレ修理などに使うということを行っている。
しかし、こうした情報の周知や合意形成はかなり高度であり、日頃からのコミュニケーションや防災意識を持っていないとなかなか難しい。
支援については行政側もまだまだ手探りで行っている状況である。
以上が藤野さんのお話です。
被災マンションの対応は、一度聞いただけでは全部は理解しきれない内容でした。
私自身もこの記事を書くために、なんども聞き直しして、ようやく理解できた部分も多くあります。
ゼミの参加者からは「応急修理の費用を一部の住民がもらった場合、公費解体できるのだろうか?」という質問も出ましたが、藤野さんも確認しないとわからないこともまだまだあるようです。
こうした内容を被災時の混乱の最中に理解し、マンション住民の方々と共有した上で、限られた時間内で決断していくことは困難を極めると思いました。
実際に合意形成を急ぐあまりに、内容が不十分な計画を作ってしまい、結局やり直しになったケースもあるそうです。
マンションは戸数が多く、避難場所にいくと満杯になってしまうため、自分たちで生活再建も行っていかないといけません。
マンションという財産を共有しており、集落や戸建ての住宅地よりも高度な自治機能が要求されます。
しかし、実態は隣人の顔も知らないぐらい人間関係は希薄であり、管理組合も管理会社に依存しているような状況です。
被災後の右も左もわからないような状況の中、余計な不信感を生まないためにも、事前の情報共有や準備が必要だと感じました。
それ以上に、普段から住民とのコミュニケーションを図り、人間関係や信頼関係を築いておかないと、いざというときに動けません。
地域の祭りや直会など、住民の人たちで何か一緒にイベントや活動をすることの重要性も感じました。
早く動けるかどうかは、地震前の準備で決まっています。
まず、自分がやれることとして、自分のマンションでも藤野さんを呼んだ勉強会を提案してみようかと思います。