漁師と会える直売所 「うみてらす豊前」の誕生物語

地域づくり事例

宇島港のすぐそばにある「うみてらす豊前」。

H28年6月にオープンした、漁協が運営する公設民営型の直売所です。

2階には食堂が併設されており、周防灘を眺めながら、魚料理を食べることができます。

1階の直売所は、いけすが真ん中にあり、漁師が生きたままの魚を放り込んで去っていく姿に衝撃を受けました。

横では漁師の奥さんがお客の質問に答えながら、目の前で魚を捌いてくれます。

漁師の顔が見える豊築漁協が運営する公設民営の施設です。

どうやってこの施設が生まれたかとても気になったので、施設の構想から施設の立ち上げまで関わられた「はまげん」の石谷さんに話を聞きにいってきました。

県庁を辞めて水産業のコンサルタントへ転身

Q.そもそも石谷さんはどうしてうみてらす豊前に関わるようになったんですか?

H19年に転勤で宇島にある豊前海研究所に赴任してきたのがきっかけです。

今はコンサルタント会社を経営していますが、当時は福岡県の水産海洋技術センターの職員でした。

豊前海はカニが多く取れるのですが、安値で取引されていて、佐賀の竹崎に流れている現状をみて、漁協で直売してみませんかと提案してまわっていました。

Q.地元が売りたいという意識だったんでしょうか

漁協に提案したら、「あんたが売ってくれ」と、全く興味がないという状況でした。

転機となったのは、H20年2月の新北九州空港開港イベントです。

東京の早稲田のリーガロイヤルホテルで700人の参加者に蒸した豊前本ガニを提供したのですが、足りなくなるくらいの大人気でした。

この様子をみた漁協の組合長の目の色が変わり、同じ年の11月には漁協で買い取ってカニの直売をはじめることになりました。

豊前本ガニの直売を始めたころの様子

漁業の事務員たちがカニの直売や食堂をはじめる

Q.私も当時買いに行ったことがあります。倉庫で販売していましたよね?ほんとにここでいいのかなと不安になったことを覚えています

販売も漁協の事務職員たちがやっていて、はじめはなんで「私たちがしないといけんの?」という雰囲気でした。

今では、職員がカニを持っただけで仕分けられるくらいです。

Q.あの方たちは漁協の事務員さんだったんですね。なんでもされますね。食堂もそうなんですか?

カニの直売を始めたほぼ同時期(H21年2月)に、高校の合併で余った温室を移築してかき小屋(冬季のみ)を始め、4月からは「うのしま豊築丸」として営業をはじめました。

食堂を提案したのは組合長ですが、漁協を定年退職する女性職員が代表になり、漁師の奥さんたちと始めました。

当初は、周りの工場の人たちをターゲットに500円の日替わり定食を出していたんですが、取れる魚は頻繁には変わりません。

焼く・煮る・天ぷらだけでは、日替わりといえず、すぐ飽きられました。

500円では原価が安くてまともに魚も使えません。

もともと温室の建物には、クーラーもなくて蒸し風呂状態といった問題もありました。お客も年々減っていき、H24年には夏場だけでも閉めた方がいいのではと相談されました。

温室を再利用したカキ小屋。春からは食堂「豊築丸」として営業していた

実績を踏まえながら、少しづつマーケットを変えていく

Q.当時どんなアドバイスをされたんですか?

地元は来なくてもいいから北九州をターゲットに定食を1,000円にしようといいました。

そのかわり、魚をふんだんに使おうと。日替わりを季節替わりにして、カニ、カキ、イカ、コショウダイ、ハモ、サワラをメインに御膳をつくり、年6回リピートしてもらおうと。

豊前海にあるものを売ることに切り替えていきました。

約2ヶ月ごとに入れ替わる豊築丸の季節がわりメニュー

Q.高く売ることに抵抗はなかったんですか?

すごくありましたよ。地元の人が高いといったり、その値段で売れるのかと心配するんです。

なので、少しずつ値上げしました。

500円の定食を残したまま新しい800円のメニューを考えます。

ある程度したら、今度は1,000円のメニューを考えて、500円のメニューは外していくという感じです。

実際に、高い方から売れていくのをスタッフも見ているので、安いメニューをはずすのは問題なかったと思います。

そうして一般向けの定食を変えて、ターゲットの客層を絞っていきました。

Q.料理とかは誰が考えられたんですか?

鍋のだしの味付けや天ぷらの提供の仕方などは、食品加工アドバイザーの尾崎正利さんや料理人の友人に協力してもらいました。

量や見た目などは、お盆に料理を並べて、みんなで「野菜を一品足そうか」「夏場は豆腐がいいんじゃない」と話しながら決めました。

そのようなことを繰り返しながら、内容を豪華にしつつ、現在は1,500円から2,000円の値段になっています。

うみてらすのきっかけは豊前市長の公約

Q.うみてらす豊前の話はどこから出てきたのでしょう?

H25年に豊前市長になった後藤さんがフィッシャーマンズ・ワーフをつくることを公約に掲げて当選しました。

その実現に向けて直売所と加工所と食堂を併設した施設をつくりたいという相談を受けたのがきっかけです。

施設コンセプトなどを基本構想から関わらせてもらいました。

ちょうど、コンサルタントとして独立したときで、実績もまったくない中、よく任せていただいたと思います。

直売所の真ん中に配置された生け簀。漁師が直接魚を補充します

漁師の顔がみえる直売所をつくりたい

Q.直売所のイメージというのは最初からあったのですか?

他の事例などもみていて、漁師の奥さんたちの対面販売をしたいというのはありましたね。

そもそも私は食堂より直売所をやりたかったんです。食堂でイカを100杯分使ったとしても、トロ箱でいうと10箱ぐらいです。

漁師の取扱量としては少なくて面倒な量なんです。

食堂はあくまで客寄せで、魚を直売することをメインにしたいと思っていました。

実際、温室で食堂をしていたころも、昼市といって倉庫前で魚を売っていました。

でも、お腹が満たされた人たちはなかなか魚を買いません。食べる人と買う人は違うんだと気づかされました。

今でこそ、うみてらす豊前では食堂で食べた人が気に入って魚も買ってくれるようになりましたが、直売所だけ、食堂だけを目的としたお客さんは今でも多いです。

温室で食堂をしていたころの魚の直売の様子。無理せず、できることからやるという取り組みの蓄積が現在に活かされています

漁師全体が潤うことが求められる運営の難しさ

 Q.直売所ではどんな苦労がありましたか?

漁師の対面販売をしていますが、漁師も忙しいのでお客が来ないと帰ってしまいます。

対面販売の手数料は8%(他は15%)と低く設定して、漁師がいることがここの魅力だから来て欲しいというのですが、なかなか伝わりません。

ただ、漁師の中にも理解して毎朝コンスタントに来てくれる人がいて、協力して呼びかけてくれています。

また、前身の食堂「うのしま豊築丸」が繁盛しだした頃、特定の漁師だけから食堂が仕入をするのはおかしいという声が出てきました。

民間だったら取引相手は自由なのですが、漁協が運営しているので漁師全体が潤うことが求められます。

私が間に入って、仕入れ対象の魚種の漁師が全員関われるようにしたら、今度は最初の漁師から私のせいで自分への仕入注文が減ったといわれました。もっとお客を呼んで、もっと儲からせるからといってなんとか納得してもらいました。

この全体が潤うようにという点は、うみてらす豊前が出来た後も苦労する点です。

現在の直売所の様子。対面販売ブースでは漁師の奥さんがしゃべりながら魚を捌いてくれます

パートで週5日通い、人間関係を築く

Q.石谷さんをみていると、漁師や直売所の方々との距離がとても近いように感じます

独立した当初から3年間、週4〜5日は通っていました。

当時のうのしま豊築丸は人手不足で、それを補うためにパートと同じ時給でレジ打ちや皿洗いもしていました。

アドバイザーに専念することになった今でこそ、来るのは週1日ぐらいですが、当時は頻繁に来ていました。

笑い話ですが、いつもうのしま豊築丸にいたので、漁協に転職したと勘違いした元同僚もいるくらいです。

そのおかげで、お客の状況もわかりますし、漁師やスタッフの意見も聞けます。

そうしないと状況は見えてこなかったと思います。

Q.これからのうみてらす豊前について一言お願いします

1年目の売上は当初の目標からするとまだ少ない状況です。

これからは経営面に力を入れていく必要を感じています。

漁協の直営で運営しているのですが、漁師の組織なので経営や責任などが曖昧な部分があります。

役員や職員が一緒に経営の数字をみることなどから始めています。

 

これからの地域づくりコンサルタントの見本

以上が、石谷さんに伺った話です。前半は県の職員として関わり、後半はコンサルタントとして継続的に関わられています。

行政職員出身なのに優れたマーケティング感覚や経営感覚を持たれていることもさることながら、漁協の職員のごとくスタッフと話されている様子をみて、こうしたコミュニケーションこそが地域づくりには欠かせないものだと思いました。

うみてらす豊前での取り組みがコンサルティングのノウハウの蓄積にもなっているようです。

直売所そのものの話よりも事業コーディネートの話が中心となっていましましたが、これからの地域づくりコンサルタントの見本だと感じました。